「国際標準」に近づけるのなら (from Editor)
編集長 工藤均

産経新聞 2010年3月31日


今年も野球好きにはたまらない季節がやってきた。球場の応援席からはかねや太鼓、笛、メガホンの音などが鳴り響く。いつもと変わらない光景である。

それでいいのだろうか、と思う。球審のカウントのコールについてボールを先にすることや、試合球を大リーグ球と同じにすることを検討するなど、米大リーグや国際大会に歩調を合わせるよう、動き出したからだ。

だが、応援風景だけは変わらない。大リーグにはない「鳴り物」を使った熱い応援。「見せる側」が近づけようとしても、「見る側」にそういう意識がなければ国際標準には到達しないだろう。

10年ほど前、都内で行われた日米野球大会を観戦した。「プレーの音を楽しみましょうー」というアナウンスが流れた。鳴り物は一切なし。キャッチャーの捕球音、バッターの打球音、素振りの音、走るスパイクの音…すべてが新鮮で、観客の拍手や声援までもがすがすがしく聞こえた。

資料などによると、昭和50年に広島東洋力ープがコンバットマーチを鳴らすという応援を始めた。これが、トランペットを利用した鳴り物応援の始まりといわれている。応援は選手との一体化につながる気がする。選手もまた応えようとする。自分もメガホン片手に声をからして応援した時期があったから、よく分かる。

賛成派からは「騒がしいと感じるのは個人差の問題」「応援もファンの一つの表現方法だ」「米国と同じにする必要はない」…などの反論があるだろう。ましてや、近隣住民への影響を考慮し、ある時間以降の鳴り物は禁止するなど、球団によってはすでに対策を講じているところもある。

応援団を敵に回すつもりは毛頭ない。それでも、観戦の仕方は人それぞれ。静かに見たい人も大勢いる。「球音を楽しみたい会」世話人の渡辺文学氏はあるインタビュー記事で「ボールが動き続けるサッカーやバスケットボールと違い、野球は『間』のスポーツ。『次はヒットエンドラン。いや、盗塁だ』などと、推理する面白さがある。鳴り物応援は、推理する間も奪っている」と指摘する。

そこで提案。「球音を楽しむ日」をもっと増やしたらどうか。「イニングの合間に応援し、投球の瞬間は静かに見守ることを提案したい」(渡辺氏)も一考だろう。応援のあり方を考え直す時期に来ている。それが、「国際標準」に近づく一つの道だと思うから。


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