朝日新聞 2018年03月10日(朝刊)
電車内を快適な空間に――。東京メトロはこんな思惑のもとに国内で初めて、電車内にBGM(音楽)を流す試みを始めました。しかし、beモニターのみなさんからは「余計なお世話」とばかりに、辛口の意見が続出し、「いらない派」が多数を占めました。不特定多数の好みに関わる問題だけに、実現までは前途多難の様相です。
■聴かない権利も
大半の人がまだ実際にBGMを流している電車に乗り合わせたわけではないだろう。そんな事情を加味しても、「いらない派」が7割と、「いる派」を圧倒したのは、驚きだった。
東京の女性(59)は、自宅近くでスピーカーから有線放送の音楽が流れていたものの、苦痛を訴える少数派の住民に配慮して中止になったという事例を挙げ、「好きでもない音楽を一方的に聴かされるのは苦痛でしかない」と導入に強く反対する。
「拒絶できない音楽は『音の暴力』」(神奈川、67歳男性)と断じる声も。「イヤホンをして音楽を楽しんでいる人も多い。車内にBGMが流れたら、イヤホンの音量をもっと上げることになって、ますます音漏れが増えそう」(大阪、46歳女性)といった懸念も目立つ。
音楽が必ずしも癒やしにならないという人もいる。
愛知の内視鏡医の男性(49)は「検査では、患者さんに少しでも落ち着いて受けていただこうと、ヒーリング音楽を流している。そんな事情もあって、別の場面で同じ曲を聴くと、仕事を思い出して癒やされません」。大阪の主婦(44)は「クラシック音楽が流れていると歯医者さんの待合室を思い出してしまう。どんなにゆったりした曲でも、歯を削る音のイメージがかぶって落ち着くどころではありません」。
こんな心配を寄せる人も。
「電車内でクラシックの曲を聴いていたら、いつの間にか眠ってしまい、乗り越してしまった。ジャンルによって車内音楽は善しあしだ」(兵庫、82歳男性)
東京メトロがBGMの試験導入を始めたのには、きっかけがあった。昨年7月、運行中に過って、工事点検用に使っていた音楽を流してしまったところ、好意的な意見が寄せられたからだという。
「どんなミスも思わぬ結果を生むかもしれないという、見本のような話。何はともあれ、試してみる価値はある」(東京、64歳男性)と期待する声もあった。
さて、3割にとどまった「いる派」では、「リラックスする」「車内が快適な空間になる」「癒やされる」といった理由が上位を占めた。
試験導入したBGMは、クラシック音楽とヒーリング音楽(Mitsuhiro作曲)の各3曲。クラシック曲の人気投票をしたところ、「ノクターン」(ショパン)、「春の歌」(メンデルスゾーン)、「月の光」(ドビュッシー)の順だった。
「試験的に流れているBGMの曲目なら悪くない。人工的な音は耳障りだけど、ピアノなら落ち着きます」(千葉、47歳女性)、「エステ(サロン)などにかかっているヒーリング系の音楽がいい。頭の中でメロディーを奏でることなく、すっと体に入ってきて、何の曲だったのか思い出せないようなのが一番心地よい」(茨城、40歳女性)と、ジャンルへの具体的な注文もあった。
beモニターの方には今回、BGM以外に電車のサービス向上のためにしてほしいことを聞いたところ、車内アナウンスへの不満が噴き出した。
「最低限、必要なことを簡潔に。あまりにも子供じみたアナウンスは不要です。当たり前のことをしつこく言われるとイライラする」(千葉、66歳女性)。「聴く権利もあれば、聴かない権利もある。日本の社会は音に鈍感すぎる」(京都、58歳女性)。これもまた音に関する率直なご意見なのでした。