日比谷線で試験導入
東京新聞 2018年02月14日(朝刊)
BGM車両に乗り込むと、ヒーリングミュージックが聞こえてきた。音量はそれほど大きくない。停車中ははっきり聞こえるが、走行中はガタンゴトンという車輪とレールから出る音などであまり間こえない。駅名などを告げるアナウンスが入る時は音楽が中断されてしまう。
車両の天井に設置されたスピーカーを指さして、「音楽が流れているね」と話している人もいたが、サラリーマンの男性(30)は「あまり気にならなかった」と素っ気なかった。
東京メトロ広報部によると、導入のきっかけはハプニング。昨年七月に走行中に誤って音楽を流したところ、好意的な意見が寄せられたことから、試験放送に踏み切ったという。
BGMが流れる車両は一月二十九日から走り始めた。現在は午前十時半から午後一時半まで、中目黒―北千住間の二往復で実施されている。使われているのは、イベント用などとして高音質のスピーカーを備えている最新の「13000系」。曲目は、ショバンの「ノクターン」などのクラシック音楽とヒーリング音楽各三曲だ。一般的な通勤電車では国内初の試みで、乗客の反応を踏まえて本格実施を検討したいという。
しかし、一部の市民からは「今の日本は音があふれているのに、さらに音を加えるなんて」と批判する声が上がっている。
公共空間における拡声器音を減らそうと三十年以上の活動歴がある市民団体「静かな街を考える会」代表で英国籍の翻訳業C・J・ディーガンさん=東京都青梅市=は「アナウンスなどの上に音楽が『騒音』として乗っかっているだけ。海外では公共の空間で日本ほど放送やメロディーは流れてはいない。日本では生まれた時から音に囲まれ、気にならない人も多いと思うが、苦手な人もいる。駅の『発車メロディー』のようにあちこちで流れるのは困る」と訴える。
仏教大の田山令史教授(哲学)は、この話を知り、一九九〇年代に京都市バスの車内で流された音楽をめぐる議論を思い出したという。同様に癒やし系の音楽だったが、田山氏らが反対の意思を伝えると、京都市交通局は当初、「賛成する人も多い」と退けた。しかし結局、数力月後には放送はストツプとなった。
田山氏は「反対意見が結構あったのだと思う。音楽は人の心にじかに入ってくる。公共交通機関内の身動きができない姿勢で、一方的に音楽を聞かせることは遠慮するべきだ。日本は同調圧力が強いと言われるが、電車内での音楽も、同調を強いる意味があるのではないか」と主張する。
田山氏はこれまでも、駅やデパートでの「お下がりください」や「手すりにおつかまりください」などといった放送は過剰だと指摘してきた。「親切に注意をしているようで、必ずしも公共の安全を考えているわけではなく、何か起こった時の保身のためという意図も透けている。コミュニケーションのあり方として、いま一度考えるべきではないか」