(声)他者との違い許さぬ風潮に懸念

無職 ××××(千葉県 74)

2016年07月27日 朝日新聞(朝刊)


久しぶりにプロ野球観戦に出掛けた。だが、私は試合途中で早々に球場を後にした。そして、二度と球場に行くまいと心に決めた。

2万人近い観客が試合前の練習に臨む選手たちに声援を送り、時に大歓声も響いていた。しかし、試合が始まると、観戦する気分が早々に失せた。試合がつまらなかったわけではない。応援のスタイルがどうにも私の我慢の限界を超えていたからだ。

鳴り物や声援の大きさだけなら、その「うるささ」も観戦の醍醐(だいご)味の一つととらえ、耐えられたと思う。耐えられなかったのは、応援の異様さだ。リーダーとおぼしき人の号令で、様々なバリエーションの応援を整然と熱狂的にこなす観客の同調性に怖さを感じた。ひいきチームを熱烈に応援することに何の違和感もないが、他とは違うやり方は許さないかのような雰囲気を感じた。

他者と同じように振る舞うことに安心感と満足感を覚えるのだろうか。野球場にとどまらず、他者と異なる行動を嫌う風潮は、社会のあちこちで見られるようになった気がする。日本は今、他者と違うことを許さない社会の入り口にいるのではないかとさえ思う。


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