2015年12月12日 日本経済新聞(夕刊)
マイクやスピーカーなど拡声器を使わない生の声で歌は何人の聴衆に届くか。そんな実験的音楽会が10月に京都市西京区の竹林で開かれた。
会場は竹や雑木の生い茂る傾斜地を生かし、すり鉢状に整地。竹や丸太で作った簡易座席を同心円状に配置、約8000人分のスペースを用意した。同志社大の男性合唱団、東京芸大大学院のソプラノ歌手・牧野元美さんが無伴奏で歌いきると、この日聴き入った約500人の聴衆は喝采で応えた。
主催は耕作放棄地管理や農薬・機械を使わない作物づくりを手掛けるNPO法人京都土の塾(京都市)。トラックが入らないため、土の塾会員がすべて人力で造営した。
音楽会は2年前にも開き、今回は土の移動や座席の増設など、会場に手を入れた。なお建設途上にあり、理事長の八田逸三さん(78)は「林や葉がどんな反響効果をもつか、電気が無い制約を逆手に取って試していく」と話す。最終的に席数1000人を超す規模を考えている。
元京都市農林部長の八田さんによれば、住宅地近郊で勢力を増す竹林は、里山が荒廃している表れ。「普通の樹木に比べて竹の根は浅く、保水力が無いので大雨で土砂崩れが起きやすい。縦には割れても横に切りにくく加工が難儀。燃料に使うと火力が強すぎて釜を傷めやすい」。音楽会も竹林を有効活用できないかという発想からだ。
屋根も水道も無い。荒天ならば音楽会は難しく、最寄りのバス停から徒歩10分とアクセスも決して良くない。竹林の音楽会を興行として成り立たせるのは大変だ。それでも八田さんたちは日本が取り組むべき課題を先取りしているようにみえる。
(編集委員 岡松卓也)