日本文化の二極性

2012年2月8日(水)


最近、ネットで2011年10月15日の英紙ファイナンシャル・タイムズを読んでいたら、世界的に有名なピアニストの内田光子のインタビュー記事を見つけました。

インタビューの中で彼女は日本の文化について「徹底的な簡素さと極度の下品さ、という二極性を持っている」と指摘しています。前者の一例として「和紙作りという芸術に近い手工芸」を挙げています。また、後者について「輪郭のはっきりした、非常に質素な日本の伝統的な家からほど遠い、いろんなものがごちゃごちゃの状態で詰め込まれた現在の日本の家」を例に挙げています。彼女は、「日本人はブランドに対するこだわりがあるが、下品さの判断基準は持っていない。いまだに西欧文化に魅了されているあまり、自分の国の伝統に対する自信が足らない」と結論づけています。

音に関しても日本人は一方では虫の鳴き声を聞き分ける繊細さを持っているとされていますが、他方では商店街のBGM、防災無線のチャイムや交通機関の過剰アナウンスに対してはとても寛大のようです。ただし、それが西欧に対するコンプレックスの現れかどうかは疑問に思います。

20数年前に京都へ観光旅行に行った折、名前はもう覚えていませんが、あるひっそりとした佇まいを見せる小さなお寺を訪れました。拝観料を払うと、そのお寺の由来が書かれている大きめの入場券をもらいました。それを頼りに静かに見て回ろうと思いましたが、歩き出した途端に、突然スピーカーから案内放送が流れだしました。そのテープ放送が終わるまで外で待っていましたが、もう興ざめしてしまいましたので速足で一通り見てからさっさとそこから出てきました。

静けさを売りものにしていながら、一方ではうるさい案内放送を流していることに大多数の日本人は矛盾を感じないのでしょうか。感じない人こそ幸せなのかもしれませんが。

内田光子のインタビュー記事


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